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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)2236号 判決 1989年4月13日

第二五〇八号事件控訴人、第二二三六号事件被控訴人(第一審原告、以下「第一審原告」という。) 長沢努

第二五〇八号事件控訴人 (第一審原告、以下「第一審原告」という。) 有限会社昭和電設工業所

右代表者代表取締役 長沢努

第二五〇八号事件控訴人 (第一審原告、以下「第一審原告」という。) 株式会社建設普及協会

右代表者代表取締役 長沢努

右三名訴訟代理人弁護士 栗原孝和

同 渡邊丸夫

第二五〇八号事件被控訴人、第二二三六号事件控訴人 (第一審被告、以下「第一審被告」という。) 株式会社東海銀行

右代表者代表取締役 加藤隆一

右訴訟代理人弁護士 籏進

同 渡邉和義

同 加藤倫子

同訴訟復代理人弁護士 纐纈和義

主文

一、第一審原告らの本件各控訴を棄却する。

二、1. 原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。

2. 第一審原告長沢努の右請求を棄却する。

三、第一審原告らの当審における新たな請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用は、第一、第二審とも、第一審原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、第一審原告ら

(第二五〇八号事件)

1. 原判決中、第一審原告有限会社昭和電設工業所(以下、「第一審原告昭和電設」という。)、同株式会社建設普及協会(以下、「第一審原告協会」という。)に関する部分を取り消す。

2. 第一審被告は、第一審原告昭和電設に対し金二〇〇〇万円、同協会に対し金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年九月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3. 原判決中、第一審原告長沢努(以下、「第一審原告長沢」という。)に関する部分を次のとおり変更する。

第一審被告は、第一審原告長沢に対し金一三四四万円及びこれに対する昭和五七年九月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4. 訴訟費用は、第一、第二審とも、第一審被告の負担とする。

5. 2、3項につき仮執行宣言。

(第二二三六号事件・第一審原告長沢)

本件控訴を棄却する。

二、第一審被告

(第二五〇八号事件)

1. 本件各控訴を棄却する。

2. 第一審原告らの当審における新たな請求をいずれも棄却する。

(第二二三六号事件・第一審原告長沢との関係)

1. 原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。

2. 第一審原告長沢の右請求を棄却する。

3. 訴訟費用は、第一、第二審とも、第一審原告長沢の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(融資契約不履行に基づく損害賠償)

1. 第一審原告昭和電設は、電気工事の請負等を、第一審原告協会は、建設工事請負等を、それぞれ営んでいたものであり、また第一審原告長沢は、右各会社の代表者であって、建築工事の請負等の業務に従事していたものである。

2. 訴外相沢克美は、住宅金融公庫(以下、「公庫」という。)から建築資金として八〇〇〇万円の融資を受けて、静岡県引佐郡三ヶ日町都築字東浦一〇九六番一ほか三筆の土地(以下、「本件土地」という。)上に、第一審原告協会に請負わせて、三階建の共同住宅(以下、「本件建物」という。)を建築中であったが、資金繰りに窮し、そのため右相沢の公庫に対する債務の連帯保証人であった第一審原告長沢が、昭和五四年四月ころ、右相沢からその注文者の地位を引き継ぐことになった。それにともない、第一審原告長沢は、相沢から本件土地を買い受けることになった。

3. 第一審原告長沢は、右売買代金調達のため、同年六月一九日ころ、第一審被告静岡支店に対し、公庫側の協力も得て、その保険付融資(以下、「本件融資」という。)を申込み、同支店は、そのころ次のような条件で右融資を承諾し、ここに第一審原告長沢と第一審被告との間に諾成的消費貸借契約が成立した。

(一) 金額 三五〇〇万円

(二) 返済方法 六か月据置き、以後毎月三〇万円宛二〇年間の割賦返済

(三) 利率 年七・二パーセント

(四) 貸付日 昭和五四年六月三〇日

(五) 担保 本件土地及び本件建物について、第一審原告長沢名義に登記を経由したうえ、これを担保に供する。

4. ところが、本件建物の保存登記が同年六月三〇日までに完了しなかったため、右融資実行の日は、同年七月末日に変更された。もっとも、第一審原告長沢と第一審被告(静岡支店)との間には、それ以前に右登記がなされ、担保提供が可能となった場合には、そのときに本件融資の日を繰り上げるとの合意も成立した。なお、本件融資の実行が延期されたため、本件土地の代金を立て替えていた第一審原告昭和電設の資金繰りが苦しくなり、第一審被告は、第一審原告昭和電設に対し、一七〇〇万円のつなぎ融資をした。本件建物の保存登記は同年七月中旬ころになされた。

5. しかし、第一審被告は、約束の昭和五四年七月末日になっても本件融資を実行せず、前記一七〇〇万円の返済期限を同年八月末日と延期したものの、本件融資については、その実行の日を同年八月一五日、同月二〇日、同月二五日、二九日と延引し、ついに右二九日の夜九時三〇分ころ、第一審被告静岡支店の支店長代理の西垣紀生ほか一名が第一審原告長沢方を訪ねて、「これまでの話はなかったことにして貰いたい。」と具体的な理由を示すことなく、本件融資について拒絶の通知をしてきた。

6. 第一審被告の右のような債務不履行により、第一審原告らは、7以下に主張するとおりの損害を被ったものであるところ、第一審被告静岡支店の牧野支店長、西垣支店長代理らは、前記一七〇〇万円のつなぎ融資についての折衝の過程をとおし、第一審原告らの資金繰りの状況等についても充分承知し、第一審原告長沢に対する三五〇〇万円の本件融資の不履行があれば、第一審原告昭和電設らも資金繰りの悪化を来たし、ひいては手形の不渡を出して倒産し、多額の損害を被るかもしれないことは承知していたか、もしくはこれを知り得たものである。

7. 第一審原告らの損害

(一) 第一審原告長沢は、第一審被告からの本件融資が間違いないものと信じて、訴外相沢に対する前記土地代金を、昭和五四年六月二一日ころ、第一審原告昭和電設から三五〇〇万円を借り受けて支払った。しかし、本件融資を拒絶されたため、第一審原告昭和電設は、前記つなぎ融資分一七〇〇万円の返済ができず、さらに右つなぎ融資のために設定されていた抵当権の抹消もできなくなった。そのため、予定していた相銀住宅ローンからの資金融資を受けられず、結局予定の工事の施工ができなくなって、第一審原告昭和電設は、昭和五四年一一月末日に決済すべき手形につき資金繰りがつかず、これを不渡りとし、翌年二月二八日に二度目の手形不渡を出して倒産するに至った。また、その結果第一審原告長沢の経営する第一審原告協会も事実上営業不能となった。さらに、第一審原告長沢自信も、前記本件建物を賃貸用として利用することも予定どおり行えず、約一二年間にわたり続けてきた建築請負業における信用を失墜し、物心両面の損害を受けた。

(二)(1) 第一審原告昭和電設は、第一審原告協会が、すでに発注予約を受けていた昭和五五年中に施工することになっていた次の建築請負工事において、設備工事を担当することになっていたところ、倒産によりこれを施工できなくなったため、得べかりし利益計二八八九万二〇〇〇円を失い、同額の損害を被った。第一審原告昭和電設は、本訴においてそのうち二〇〇〇万円を請求する。

①静岡県浜松市佐鳴台四丁目所在

シャトレー佐鳴台ビル建築請負工事

請負代金 一億四九四〇万円

収益見込額 五二八万六〇〇〇円

②同県同市同丁目所在グレース名倉ビル建築請負工事

請負代金 一億四〇九〇万円

収益見込額 五一九万五〇〇〇円

③同県蒲郡市大塚町西島所在シーサイド遠山ビル建築請負工事

請負代金 一億五八二〇万円

収益見込額 五五二万六〇〇〇円

④同県藤枝市瀬戸新屋字龍太寺下所在

前川マンション建築請負工事

請負代金 三億〇八二〇万円

収益見込額 一二八八万五〇〇〇円

(2) 第一審原告協会は、すでに予約発注を受けて、昭和五五年中に施工することになっていた前記①から④の各工事が施工できなくなり、次のとおり得べかりし利益合計八四六八万七〇〇〇円を失い、同額の損害を被った。第一審原告協会は、そのうち五〇〇〇万円を本訴において請求する。

①の工事 一六〇七万六〇〇〇円

②の工事 一七六八万円

③の工事 一五七八万九〇〇〇円

④の工事 三五一四万二〇〇〇円

(3) 第一審原告長沢は、第一審被告の前記債務不履行により、次の一三四四万円の損害を被った。

① 第一審原告長沢は、第一審被告静岡支店の支店長牧野博美から本件土地・建物を売却して急場を凌ぐように指示されたため、昭和五四年六月に本件建物が完成した後も、一年間これを他へ賃貸することができず、一年分の賃料収入一四三二万八〇〇〇円から、必要経費合計一〇八八万七六二〇円を控除した少なくとも三四四万円の損害を被った。

② 第一審原告長沢は、第一審原告昭和電設及び第一審原告協会の代表者であり、長年にわたり建築請負業を営み、住宅金融公庫の工事について入札指定人の資格も有し、業界の信用も得ていたところ、前記の経緯により倒産の憂目に会い、一挙にその信用を失墜し、少なくとも二年間は銀行取引を停止されることになった。そのために第一審原告長沢の被った精神的苦痛は計り知れず、その慰謝料は一〇〇〇万円とするのが相当である。

8. よって、第一審被告に対し、第一審原告昭和電設は二〇〇〇万円、第一審原告協会は五〇〇〇万円、第一審原告長沢は一三四四万円及び右各金員に対する訴状送達の翌日である昭和五七年九月五日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(欺罔による不法行為)

1. 第一審被告静岡支店の職員である、前記牧野支店長、西垣支店長代理及び本部支店次長らは、第一審原告長沢の公庫の保険付であった本件融資申込に対し、その融資決定のために必要な本部決済もなく、いまだ第一審被告としては本件融資ができるかどうかの最終決定に至っていなかったのに、その手続きに不慣れだったことなどから、第一審原告長沢に対し、本件融資を承諾する旨の回答をした。すなわち、当時右西垣らは、公庫の保険付融資を知らず、まったく取り扱ったこともなかったために、第一審原告長沢から融資に関する手引書を提供されたりして、はじめてその詳細を承知したのであった。そして、融資額の九〇パーセントまでの保険であることを知り、残りの一〇パーセント相当額の確保の方法について確かめ、第一審原告長沢から、一〇パーセント相当額を拘束預金としてもよいとの申出を受け、前記牧野、西垣らは、相談のうえ、「融資金がそこまで保証されるならよいでしょう。」と、本件融資について承諾の返事を与えたのである。

2. 第一審原告長沢は、第一審被告の本部決済の手続等は知らないわけであるから、前記牧野らの回答をそのとおり信じたとしても当然である。さらに、第一審原告長沢としては、第一審原告昭和電設が、昭和五四年六月二〇日ころ、前記のとおり、第一審原告長沢に対し、融資をするに当たり、公庫関東支所の職員である中田勝蔵を同道して、第一審被告静岡支店に赴き、前記西垣らに、本件融資の実行について再確認したのであり、これに対しても、同人らは、六月末までにはその融資をする旨確答したのである。

3. ところが、西垣らは、その後再三にわたり本件融資実行日を延期したうえ、同年八月二九日夜になって、何ら具体的な理由の説明もなく、突然本件融資を拒否してきたのである。西垣らの前記言動は、いまだ第一審被告として、第一審原告長沢に対して本件融資をすることが決定していたわけではなく、したがって、その融資をする確実な意思ないし見込みがないのに、故意に、または誤って、本部決済の必要なことを看過し、または本件融資が本部で承認されるものと軽信し、あたかも間違いなく本件融資が実行されるかのように第一審原告長沢に申し向け、これを欺罔し、誤信させたものである。

4. 第一審原告長沢は第一審原告昭和電設及び第一審原告協会の各代表者であり、両会社は、第一審原告長沢の受注した請負工事について、前者がその設備工事を、後者がその建設驅体工事をそれぞれ施工して、その全体を完成させるという関係にあり、形式的な法人格こそ別々であるが実質的には第一審原告長沢によって前面的に支配された一体的な存在であり、いずれか一方が倒産すれば他方もその事業が事実上不可能となる相互関係にあったものである。西垣らはこれを知悉していたかまたはこれを知り得たものである。したがって、西垣らの第一審原告長沢に対する右欺罔行為は、同時に第一審原告昭和電設に対してそれにより第一審原告長沢からの貸付金の回収が確実にできるものと信じさせる欺罔行為であり、さらに第一審原告協会に対しても、同社が本件建物の建築請負工事をはじめその他の工事を施工することができ倒産状態に陥らされることがないものと信じさせる欺罔行為でもあった。

5. そうであれば、第一審被告は、右西垣らの使用者として、同人らが第一審原告らを欺罔したことにより、第一審原告らが被った前記損害(融資契約不履行に基づく損害賠償の請求原因7)を賠償する義務がある。

6. よって、第一審被告に対し、第一審原告昭和電設は二〇〇〇万円、第一審原告協会は五〇〇〇万円、第一審原告長沢は一三四四万円及び右各金員に対する不法行為後の日である昭和五七年九月五日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

(本件融資契約不履行に基づく損害賠償)

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2の事実は不知。

3. 同3の事実のうち、昭和五四年六月一九日第一審原告長沢から第一審被告静岡支店に対し、公庫の保険付であった本件融資三五〇〇万円の借入について、打診があったことは認めるが、その余の事実は否認する。第一審被告としては、担保提供予定の本件土地・建物が三ケ日町所在で、しかも第一審原告長沢名義となっていなかったことから、登記完了後に現地調査をして検討したいと回答したにすぎない。ちなみに、第一審被告としては、第一審原告長沢から、本件融資に関しては、本件土地・建物の登記済権利証、第一審原告長沢の実印を押捺した契約書、委任状、印鑑証明書等の書類の提出・差し入れすら受けていない。

4. 同4の事実のうち、六月三〇日現在本件建物の保存登記ができていなかったこと、翌七月中旬ころ右登記がされたこと、第一審被告が第一審原告昭和電設に対して一七〇〇万円の融資をしたことは認める。しかし、右融資は、静岡県信用保証協会の保証付のもので、同保証協会の要請に応じたものであり、つなぎ融資というものではない。その余の事実は否認する。

5. 同5の事実のうち、第一審被告が本件融資をしなかったこと、西垣らが昭和五四年八月二九日第一審原告長沢宅を訪ねたことは認める。その余の事実は否認する。なお、本件融資がなされなかったのは、同年七月下旬ころ、第一審原告長沢から、第一審被告に対し、参考資料として本件建物等の登記が完了した登記簿謄本を届けてきたので、同年八月初旬に第一審被告の担当者が現地調査をしたところ、立地条件等に問題があり、融資金に見合う担保価値がないうえ、融資金の毎月の返済が困難であることが判明したので、本件融資の実行は不可と判断し、第一審原告長沢に通知したものである。

6. 同6は否認または争う。なお、そもそも第一審原告らの主張するように、第一審原告長沢の関連会社の資金繰りが危ないことを認識していたら、第一審被告として融資することはない。

7.(一) 同7(一)のうち、第一審原告昭和電設が昭和五四年一一月末日手形を不渡りとし、翌年二月末日倒産したことは認める。その余は否認または争う。

(二) 同7(二)は否認または争う。

(三) 同(三)も否認または争う。

(詐欺に基づく不法行為)

1. 同1の事実のうち、本件融資について本部決済がなく、最終決定に至っていなかったこと、西垣が公庫の保険付融資を扱ったことがなく、第一審原告長沢から、手引書の提供を受けたりして、その詳細を知ったことは認める。その余の事実は否認する。なお、当時静岡支店の貸付係の責任者であり、長年貸付の仕事を担当してきた西垣や、支店長が、本部決済の必要なことを知らないはずがない。まして、第一審原告長沢は、これまで第一審被告と取引のなかった新規の融資先であったのである。

2. 同2の事実は否認する。中田勝蔵が静岡支店に来たことはない。

3. 同3のうち、第一審原告長沢に対する本件融資が決定していなかったことは認め、その余は否認または争う。

4. 同4の事実のうち、第一審原告長沢が第一審原告昭和電設及び第一審原告協会の代表者であることは認めるが、その余は否認または争う。

5. 同5は否認または争う。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、債務不履行による損害賠償請求について

1. 請求原因1の事実(第一審原告らの業務等)は当事者間に争いがなく、<証拠>によると、第一審原告昭和電設及び第一審原告協会はともに、第一審原告長沢の親族が役員を占め、第一審原告長沢の個人会社であったことが認められる。

2. 次に、第一審原告長沢と第一審被告との融資についての交渉及びそこにいたる経緯について検討する。

右1の認定事実、<証拠>によると、次の事実を認めることができる。

(一)  訴外相沢克美は、公庫から八〇〇〇万円の融資を受けて、本件土地に本件建物を建築することにし、昭和五三年八月公庫の承認を得て、右工事を第一審原告協会に発注した。公庫は、右八〇〇〇万円を担保するため、本件土地に抵当権を設定し、さらに第一審原告長沢は、右融資にかかる一切の相沢の債務について、公庫に対し連帯保証した。そして、右工事は、昭和五三年一〇月ころから着工され、翌五四年三月にかけて進捗していた。

(二)  ところが、相沢が昭和五四年四月に不渡手形を出して倒産したため、すでに八割方完成していた右工事も中断せざるを得ず、そのままでは、第一審原告協会は工事代金の回収ができなくなるばかりか、第一審原告長沢も連帯保証人としての責任を負担せざるを得なくなることが予想された。公団側としても事態の収拾を計った結果、第一審原告長沢が右工事の注文者の地位を引き継ぐこととし、相沢の債務を承継するとともに、本件土地を買い受けることになり、同年五月二日公庫の承諾を得て債務承継の手続を採るとともに、これよりさき同年四月九日第一審原告長沢と相沢との間に、代金総額は四五四一万八七二八円で、本件土地の売買契約が締結された。なお、代金の支払は、実際には契約書(甲第三〇号証)の記載と異なり、契約成立前に一〇四一万八七二八円、契約成立後に八五〇万円、同年六月二一日に二六五〇万円が支払われ、本件土地については、同年五月二五日付で第一審原告長沢宛所有権移転仮登記がされ、さらに同年六月二一日付で同原告宛本件土地の所有権移転登記が経由されている。

(三)  自己資金に乏しかった第一審原告長沢としては、公団とも相談し、右代金の不足分を、公庫の「保険付融資」(回収不能の場合、貸付金残額の九割が保険金で補填される。)を利用して、金融機関から借り入れることになった。第一審原告長沢の主取引銀行は中京相互銀行であったが、同行は右「保険付融資」を取り扱っていなかったので、第一審原告長沢らの経理を担当していた野呂会計事務所の紹介で、当時当座取引のあった(利用度は低かったが)第一審被告に融資を申し込むことになった。

(四)  第一審原告長沢は、第一審被告静岡支店に赴き、牧野支店長、西垣支店長代理らと折衝し、同年六月一九日、金額三五〇〇万円、二〇年の割賦返済、本件土地・建物に抵当権を設定するなどの条件で、前記保険付融資の申込をした。しかし、いずれにしても建物も完成しておらず、登記もされていなかったので、直ちに融資の実現をはかることは不可能であり、第一審原告長沢は、第一審原告昭和電設から三五〇〇万円を借り受けて、前記売買代金を支払い、引換えに、前記のとおり本件土地の所有権移転登記を経由した。また、本件建物は、同年六月中に完成し、第一審原告長沢名義の保存登記は同年七月一一日になされた。

(五)  第一審被告側では、貸金の回収が滞った場合には公庫の保険が利用できるとはいえ、第一審原告長沢の本件建物建築は、もともと倒産した相沢のものを引き継いだ形の事業であるとして、融資決定に必要な本部決済についても慎重であったが、いずれにしても本件土地・建物の現地調査が遅れ、同年七月中には本部決済はされず、本件融資は実現しなかった。第一審原告昭和電設は、前記三五〇〇万円を融資したことでもあり、資金繰りに窮していたため、静岡県信用保証協会の保証により、同年七月二日、第一審被告から一七〇〇万円を運転資金として借り入れ(右借り入れの事実は当事者間に争いがない。)、急場を凌いだ。

(六)  第一審原告長沢側では、第一審被告静岡支店に、本件融資の早期実現を再三申し入れていた。これに対し、第一審被告は、同年八月上旬になって、ようやく本件土地・建物の現地調査をした結果、立地条件に問題があり、融資金に見合う担保価値があるか疑問のうえ、前記八〇〇〇万円の公庫の融資の返済を続けたうえで、さらに三五〇〇万円の返済をしていくのは、本件建物の賃料収入では無理であると判断し、そのころその旨第一審原告長沢に話した。もっとも、第一審被告としても、なお、賃料収入以外の第一審原告長沢の収入も考慮し、融資の実現を検討していたが、最終的に同月二九日第一審原告長沢に対し、本件融資はできない旨通知した。

(七)  公庫の保険付という前提でもあり、本件融資の実現を信じていた第一審原告長沢としては、窮地に追い込まれた形となり、他の金融機関からの融資、本件土地・建物の売却等も検討したものの、結局資金繰りがつかず、第一審原告昭和電設は同年一一月三〇日に手形の不渡を出し、さらに翌五五年二月末日には二回目の手形の不渡を出して倒産してしまった(右手形不渡り、倒産の事実は当事者間に争いがない。)。

3.(一) 原審(第一、第二回)及び当審における第一審原告本人尋問の結果中には、第一審原告長沢が、昭和五四年四月一九日に、第一審被告静岡支店に対し、保険付融資の申込書(公団作成のものも含む。)、印鑑証明書(保証人予定者も含む。)等の一式の書類を提出し、公庫の保険付融資の制度を説明し、右保険で補填できない融資額の一割相当の金額については、拘束預金としても良いなどと申し出たところ、支店長、支店長代理らはこれを承諾し、融資の実行日は同月末日と決定した。また、翌二〇日には公庫の職員中田勝蔵らと同支店に赴き、右合意を確認した、さらに、融資実行日が延期となった後も、右西垣らは再三融資を実行する旨確言し、同年八月二九日には、朝から第一審原告長沢が、第一審被告静岡支店に赴き、交渉した末、翌三〇日には融資金を第一審原告長沢の当座預金口座に振り込む旨の確約を得た、代わりに当日額面三五〇〇万円で、第一審原告長沢と本件融資の保証人の一人である筑地成彦とが署名押印した約束手形一通を差し入れてきた、などと述べる部分がある。また、原審証人筑地成彦の証言中にも、手形の署名押印につきそれと同旨の部分がある。

しかし、第一審原告本人尋問の各結果では、最初に第一審被告静岡支店を訪ねた日について、昭和五四年六月一六日と断定的に述べたが、後に同月一二日と変わり、さらに六月一八日の前の月曜日(一一日になる)とも供述している。また、同月一七日に公団へ行き、申込書の交付を受け、これに所定の記載をし、保証人らを含む各人が署名押印をして、同月一九日に同静岡支店に提出した旨供述する。しかし、右一七日は日曜日(当裁判所に顕著な事実)であり、また、公団の保険付融資については、後記のとおり公団所定の融資申込書は必要でないし(なお、同種の公団所定の書類は証拠として提出されていない。)、さらに、本件土地の売買契約書(甲第三〇号証)についても、その記載どおり昭和五四年四月九日に作成したと明確に証言しながら、のちに六月になってから、日を遡及させて作成したなどと述べる。また、同年六月二〇日の中田との同静岡支店訪問についても、公団側と第一審被告側とが直接折衝した、本件紛争に関係してもっとも重要なことと思われるのに、甲第一二号証(もっともこれが中田本人の作成になるものか疑う余地があるが。)にも記載されていない。いずれにしても、第一審原告本人尋問の各結果は、その供述内容に不自然な部分が多く、信憑性に乏しいというべきである。

(二) のみならず、前記2の認定事実、<証拠>によると、第一審原告長沢と第一審被告との間に、本件融資契約に関し契約書等が交わされたことはなく、本件土地・建物について本件融資のために抵当権が設定されたことがないのは勿論、設定のための委任状が徴されたり、司法書士にその手続が委託されたこともないこと、公庫の保険といっても、公庫側が個別に選択指示して、保険契約を締結するというものではなく、毎年の金融機関の本部と公庫との交渉で、その年の保険の総額の枠を決め、実質的にも金融機関の側で保険付融資とするかどうかを決定し、これを公庫に通知し、金融機関において保険料を負担して(融資に上乗せされるが)保険契約が発効するという仕組みであること、右融資は長期の返済となるので、債務者に手形を徴求することはしていないこと、本件融資についての第一審被告側の最終決定は同年八月二九日第一審原告に伝えられたが、結局本件融資が断られたのは、主として第一審原告長沢の返済能力について、第一審被告側において確信がもてなかったためであること、もっとも本件建物からの賃料収入のみではなく、第一審原告昭和電設などからの給料収入等を勘案し、融資が実現できるように取り計らってはきたこと、西垣らは第一審被告側の本件土地についての前記調査結果を第一審原告長沢に話し、本件融資の実現には困難があることを告げていたが、前記八月二九日までの間、第一審原告長沢は、再三第一審被告静岡支店を訪ね、西垣らに対し、ときには長時間膝詰め談判の形で融資の実行を迫ったこと、以上の事実が認められる。

そうだとすると、本件融資の申込みと目する行為があった前記六月一九日に、本部決済がされていないのに、契約書もなく、担保とされる本件建物の保存登記すら未了の段階で、本件土地・建物の現地調査もされないままで、しかも倒産した相沢の事業を引き継ぐという、金融機関とするとあまり好ましいとも思えない状況の第一審原告長沢に対し、そのように安易に、融資を実行するについてのなんらかの確定的な約束をするような、または約束をするかのような言動を、幹部職員(支店長、次長、支店長代理)が三人も立ち会っている場で、第一審被告静岡支店側がするとは到底考えがたい。本件融資を確約するには未確定の要素が多すぎることが明らかである。また、八月二九日の約束手形の差し入れ等についての前記各供述も措信できないし(手形は必要とされていない。)、本件土地・建物に抵当権を設定する手続を採る前に、金融機関である第一審被告が、第一審原告長沢の当座預金口座に融資金を振り込むとの約束をするとも思えないのである。

のみならず、融資が決定したから第一審原告昭和電設が第一審原告長沢に本件土地売買代金を融資したとの第一審原告本人の各供述も、前記2の認定事実によると、融資の有無に拘らず、残代金三五〇〇万円の支払い時期は、本件融資の交渉が始まる前の段階で、すでに同年六月二一日と決まっていたのであって、六月一九日に本格的な融資の折衝を開始して、第一審原告長沢が前記の倒産した事業を引き受け、かつ、本件建物は完成せず、本件土地の所有権移転登記もされていないという状況のもとで、通常右二一日までに融資の可否についての結論が出されるとも考えがたく、右供述もそのとおりには採用しがたい。

以上に述べたところと、前記第一審原告本人尋問の各結果を否定する原審における西垣紀生の証言を対比させて考えると、第一審原告らの前記主張に副う各証拠は措信できず、また、甲第一二号証、第一三号証の一四の各記載も、本件融資をめぐって、第一審原告長沢と第一審被告との間に確定的な約定が成立したとの事実を認定するに充分でなく、他にこれを認めるだけの証拠はない。

4. してみると、第一審被告との間に融資契約の成立したことを前提とする第一審原告らの各請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないというべきである。

二、欺罔による不法行為

第一審原告らは、第一審被告静岡支店の牧野支店長、西垣支店長代理らが、第一審被告の内部で所定の本部決済が済まず、融資の実現は未確定であったのに、確定的に融資が実現できる旨申し向けた、または本件融資の実行が可能であるかのように申し向けたものであり、これが欺罔行為に当たると主張する。

第一審被告静岡支店の支店長代理の西垣が、公庫の保険付融資を扱った経験がなかったことは当事者間に争いがない。第一審原告らは、第一審原告長沢が公庫の保険付融資の説明をし、回収不能となった額の九割を補填するものであり、不足分一割は拘束預金としてよい旨述べたところ、同支店側では本件融資を承諾した、もしくは承諾するかのような言動をした旨主張し、原審(第一、第二回)及び当審における第一審原告本人尋問の結果中には、右主張に副うかもしくは副うかのような部分がある。しかしながら、公庫の保険付融資といっても、保険である以上、回収不能の事態、つまり事故のあったときに、その分が補填されるもので、担保や保証、すなわち本来の債務として回収するのとは異なり、金融機関としてもそのような「事故」と関係する事態は避けたいのが当然であり、したがって保険付融資であれば即融資可能となるとは考えられない。また、そもそも第一審被告の関係者がそのように第一審原告長沢を欺罔するだけの理由が見当たらないうえ、前記の判断のとおり、右主張に副う証拠は採用できず、第一審被告静岡支店側にそのような言動があったと認めることはできないし、他にこれを認めるだけの証拠はない。

してみると、第一審原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない(なお付言するに、前記一の2、3で認定した事実によると、第一審原告長沢の融資の申込みから、第一審被告が融資をしない旨最終的に決めるまでに時日がかかりすぎていることは否めない。そして、第一審原告長沢と第一審被告の前記折衝を目して、いわゆる契約締結準備過程と認めることができるとしても、右最終決定が遅れたことについては、前認定のとおり、第一審原告長沢側の事情も多分に影響しているのであって、第一審被告側が最終的に融資を断ったことも、それだけの首肯するに足りる理由があるのであるから、第一審被告に、契約締結準備過程の当事者として、信義則上の遵守すべき義務違反があると認めることはできず、その点での不法行為の成立も認めることができない。

三、そうすると、第一審原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきところ、不法行為に基づく損害賠償について、原判決は、第一審原告昭和電設と第一審原告協会とに関して、これと結論において同旨であるから、右関係部分について第一審原告昭和電設及び第一審原告協会の本件各控訴を棄却し、第一審原告長沢に関する部分については、一部これと異なるので、第一審被告の控訴に基づいて、第一審原告長沢勝訴の部分を取り消して、その請求を棄却し、第一審原告長沢の本件控訴は理由がないから、これを棄却し、当審における第一審原告らの新たな請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 浅野正樹)

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